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文化/思想に見る桜 Part3

●桜を取り巻く思想

桜はどう見られているか
 桜について書かれた最近の本を読むと、多くの人が「桜に対する思想」を意識していることがわかる。
例えば、「桜の花は軍国主義者によって、潔く散るという死の美学の象徴になったが、本来桜にもの悲しいイメージはなく、散り際が強調されることもなかった」という切り口がある。
『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ― 』大貫恵美子著、 『桜の文学史』小川和佑著などが代表例だが、恐らくは「軍国の花」像を否定せんがために、桜の下での楽しい宴にのみ光を当てて、世をはかなんだりする文学はおろか意識さえも歴史上存在しなかったものとして扱っている。
明治維新以後の近代化の過程で日本が軍国主義に飲み込まれていったという前提に立ち、散華(さんげ)の実行者を「国家権力に利用されて死に追いやられた可哀想な人々」として憐れみ、桜にまつわる陰のイメージを「若いラジカルな革命家たちの桜観」と強く否定する。
武門のさくらが美しい死の象徴だといったのは明治以降の狂的なナショナリストの戯言にしかすぎない。

国防軍の擬似士族化の中で、さくらは王朝文化の華としてのさくらから、士族のというよりも武士の精神のさくら、その死を飾るべき国華というふうに全く異質なものに変質した。
都市文化の花、生命の輝きとしてのさくら、美しい女身の俤(おもかげ)としてのさくらは明治士族の手で、武の化身、死の花となった。
歌舞伎の演劇空間の虚構の悲愴美が宣長の国粋思想を吸収して、明治士族たちの手で国民皆兵を推進する国華としてのさくらを作り上げた。
小川和佑

●相反する桜の印象

生か死か、陰か陽か
 ここではまとめにかえて私見を書いてみたい。
小川氏は「平安びとは散るさくらにいのちのはかなさは見ていない。落花に無常を見るのは、中世以降わたしたちの心に影を落した無常観の結果」として都の桜を輝く生の象徴と定義するが、小野小町の「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」を引くまでもなく、宮廷が栄華を誇った時代でも無常観を著(あらわ)した歌は枚挙(まいきょ)にいとまがない。
空蝉(うつせみ)の 世にも似たるか 花桜 咲くと見しまに かつ散りにけり〔古今和歌集・巻二・春下・73、詠み人知らず〕
※意訳
桜は今生の空しさに似ている。咲いたと思いきや、もう散ってしまった。

散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂(う)き世になにか 久しかるべき〔伊勢物語・82〕
※意訳
散るからこそ、桜は素晴らしい〈引き立つ〉のだ。この世になにか永遠と呼べるものがあるだろうか。

はかなさを ほかにもいはじ 桜花 さきてはちりぬ あはれよの中〔新古今和歌集・巻二・春下・141、徳大寺実定〕
※意訳
はかなさというものを喩えて言うとしたら、桜花以外にあるまい。咲いては散る、世の中は哀れなものだ。
 また、武門の桜についても、小川氏が作中で言及している『仮名手本忠臣蔵』〈寛延元年成立・竹田出雲〉の十段目の名台詞「花は桜木、人は武士」で当時の価値観が提示されており、江戸初期には既に武と桜が結合していたことが見てとれる。
決して「明治以降の狂的なナショナリスト」が桜を「美しい死の象徴」に祭り上げたのではないし、「散るさくらに絶えてゆく生命を見る観念」が「八世紀以来の桜観になかった全く異質」だったのでもない。軍(いくさ)の庭に露と消えた武将が詠じた桜は、まさに「己の生命の終焉」だったのだから。
氏が「きわめて視野の狭い強烈な自己愛」とこき下ろす本居宣長の敷島の〜の句は、「桜は日本らしいナショナルな花だ」と宣長が初めて思ったというより、遥(はる)か昔からあった感覚をはっきりと言葉にして確認したに過ぎず、梅に対して桜が日本らしいというのは、梅が渡来した時点で意識されたであろう。
「らしさ」は、特定の学者や為政者(いせいしゃ)がある日突然唱えて広まるのではなく、その共同体を構成する人々の意識、慣習の集積だ。個人の提案によって、一朝一夕に生まれるものではないのである。
桜に「武士らしさ」を見たのも、いて当り前だった士族が姿を消してそのエッセンスを抽出して伝える作業が行われた結果であり、長い間培われてきた感覚が母体になっているのは言うまでもない。
 また、現代においても、桜は「新しい命が萌出る春の喜びの象徴」であり、「祭りのあとの切なさの象徴」でもある、二面性をもつ。
清水(きよみず)へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢ふ人 みなうつくしき〔みだれ髪・与謝野晶子〕
※意訳
今夜は桜の咲く月夜、清水寺へ行こうと祇園を通ったら、すれ違う人がみななんて美しく見えるのでしょう。
 新古今和歌集に代表される貴族の洗練された風雅な世界も、幕末の志士が「最期の言葉」として志しを託した散華の歌も、どちらも歴史の真実である。
遠い山々のいくつもの源泉から流れ出た水が大河になるように、歴史はつながっている。
ものごとの一方だけをとり上げて他方をなかったことにするのは公平な視点と言えず、個人のイデオロギーを優先させた結果の「偏向」ではないだろうか。
…人はだれしもこの幸福な島国で、春、とくに桜の季節を京都や東京で過ごすべきだ。

色とりどりの風船、凧(たこ)、それに紙製の蝶が空中に飛びかい、その間、目も覚めるような美しい着物を着た幼い子どもたちが、色鮮やかな蝶のように、袂(たもと)を翻(ひるがえ)して舞っている。
世界の他のどの土地で、桜の季節の日本のように、明るく、幸福そうでしかも満ち足りた様子をした民衆を見出すことができようか?
明治日本印象記 アドルフ・フィッシャー

参考文献
維新志士回天詩歌集 藤田徳太郎
維新志士勤王詩歌評釈 小泉苳三
江戸っ子は何を食べていたか 大久保洋子監修
西行 高橋英夫
桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅― 佐藤俊樹
桜の文学史 小川和佑
祝祭日の研究 ―「祝い」を忘れた日本人へ 産経新聞取材班
戦国武将の辞世 藤公房
ねじ曲げられた桜 ―美意識と軍国主義 大貫恵美子
花見と桜 白幡洋三郎
武士道 新渡戸稲造 奈良本辰也訳
みだれ髪 与謝野晶子
明治日本印象記 アドルフ・フィッシャー
文様の名前で読み解く日本史 中江克己
靖国 坪内祐三

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