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◇粋の系譜 魅惑のべっ甲―日本べっ甲史― Part4

●べっ甲工芸の今日

 現在、CITES〈ワシントン条約〉では玳瑁を「近未来に全滅する危険がある」としてCRに指定、最も厳しい制約下で保護している。
1994年、日本は条約に同意して正式に輸入を止め*注9、べっ甲の原料は調達できなくなった。
べっ甲職人はそれ以前にためた甲羅でこ口をしのぐ状況が続いている。
経済産業省によると、2003年の国内のタイマイ在庫量はおよそ80トン。底をつくのは時間の問題だ。
鯨のように調査の名目で捕獲した玳瑁のとり引きも、関係者は「ない」と口をそろえる。
日本べっ甲協会の話では、象牙のようにたとえ限定でも規制を緩めることと、タイマイの人工繁殖を目標にしているが、この条約の背景には各国の様々な思惑があるだけにやすやすとはいかないだろう。
繁殖も政府が予算を割いているものの、亀は寿命が長く研究に時間がかかるため、まだ実用には至っていない。
「今後の原料の確保は?」と方策を訊ねると、職人は「なくなったらおわりだよ」と笑った。
乱獲には問題があるとしても、べっ甲工芸の灯火(ともしび)が消えるとしたら、残念なことだ。
 べっ甲工芸の将来を考えると、原料の確保以外にも不安が残る。
伝統工芸ではよく耳にする話だが、後継者がおらず、それまで積み上げて来た高い技術の担い手がいないというのだ。
今や若者の多くがべっ甲を斑模様としてしか認識していない。手にとる人も少なくなった。
需用がなくなれば供給もなくなるというごく当たり前の原理がここにも覆いかかる。
 べっ甲を模した商品は巷(ちまた)を席捲(せっけん)している。こうした代用品は入手しやすいばかりか、安くて扱いも楽だ。さらには一見して真贋がわからない。
今、楔(くさび)を打っておかなければ、やがて若者が壮年になり経済力をつけても、べっ甲にふり向きはしないだろう。
 大正時代の名工・江崎栄造*注10氏の渾身(こんしん)の作『岩上の鷲』(がんじょうのわし)の写真を見ると、あたかも魂が宿っているように鷲の肢体に力がみなぎり、次の瞬間には羽ばたきそうなまでに生き生きとしている。
作品は1915年のサンフランシスコ万国博覧会で優勝の快挙をなし遂げた。この知らせに長崎は湧き、べっ甲職人はますます腕をみがいたという。
べっ甲を美術品に昇華させた江崎氏は、後年、技法の伝承を目的とした長崎県指定の文化財の栄誉を受けることになる。
氏が芸術という新しい道を模索してべっ甲工芸に風を起こしたように、伝統を守りながらも、時代に即した工夫をこらせるのではないか。

 べっ甲をながめていると、あめ色の透きとおった世界に吸いこまれそうになる。日にかざせば、光を反射して、古来より日本人を魅了して来たまばゆい輝きを放つ。
そして、べっ甲工芸には、このまま衰退へ向かうのを運命として諦めるには惜しい技術の研鑽(けんさん)と長い歴史とがある。

 時代のうつろいとともに失った記憶 ―べっ甲の魅力を思い出させるには、販路の拡大や新素材との融合といった関係者の努力が不可欠であろう。
*注9 正式に輸入を止め
日本は条約への署名をしていなかった1992年から玳瑁の輸入を停止している。
*注10 江崎栄造
長崎の職人で江崎べっ甲店の六代目。

参考文献
浮世絵美人くらべ ポーラ文化研究所
燕石十種第一巻 岩本活東子編
江戸時代図誌25 長崎・横浜 越中哲也、大戸吉古
嬉遊笑覧 喜多村信節 成光館出版部
京都江戸・職人のわざ 阿部文枝文 川西正幸写真
原色日本の美術18 風俗画と浮世絵師 小学館
正倉院年報第十三号 宮内庁正倉院事務所
玳瑁亀図説:天・地復版 金子直吉 東京鼈甲組合連合会
玳瑁考 越中哲也
ながさきの空第十四集 長崎歴史文化協会
長崎べっ甲物語 橋本白杜
日本の美術3 結髪と髪飾 橋本澄子編
日本べっ甲文化資料館 社団法人日本べっ甲協会
守貞謾稿 喜田川守貞 朝倉治彦編
谷中根津千駄木其の七十号 谷根千工房

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