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◇粋の系譜 魅惑のべっ甲―日本べっ甲史― Part3

●秘薬としてのべっ甲

 べっ甲の利用は装飾品だけに留まらなかった。
漢方薬の辞書『本草綱目』(ほんぞうこうもく)*注845巻介部には、色々な亀の薬効が載っており、玳瑁の項もある。
本草によると、生の甲羅を削った粉には鎮静・解熱・降圧の効果がある。
倹約令〈奢侈(しゃし)禁止令〉により玳瑁をとり引きできなかった江戸初期でも、こと薬種に限っては認められていた。
現在も中医学では、玳瑁のみならず亀の甲羅を亀板(きばん)、すっぽんを土鼈甲、または別甲といって処方しているが、これらの亀は各々用法が分かれている。
もっとも、最近の和漢〈日本で発達した漢方〉は生きもの由来の薬種を避ける傾向にあるらしく、玳瑁はおろか亀の利用もすたれてしまった。

●職人の技巧 火と水と力と

あめ色にあくがる
 今でこそ、べっ甲の最上品は斑点のない白甲だが、正倉院の工芸品に黄色の甲は少ないという。
1862年〈文久二年〉発行の『玳瑁亀圖説』というべっ甲図鑑の時代時代の髪飾りの描写を見ると、 元禄はもとより、亨保年間にも「茨布」(ばらふ)と呼ぶべっ甲独特の褐色と黄色のまだら模様が主だったのが、技術の進歩と原料の爪甲(つめこう)の供給によって、天保年間には琥珀のように美しい黄一色へと移っている。
また、同書には、
色合最上の物は、こ(こ・玉へんに逓のつくり)珀の上品に金珀(きんぱく)云物有。是と同しうして薄黄に透通るきみ有り。
上晶(ぬき)甲と云は白身多く、黒斑少し。其の替(がい)、貳百五六拾替より三百替、四百替也。此の外以上の替の甲も稀に扱事有之。
※意訳
最も色あいのいいものは、上質な琥珀に金箔をかけたような色味で、薄黄色に透きとおっている。
上晶甲というのは、白い部分が多く黒斑は少ししかない。位は250か60替から300替、400替まででそれ以上の甲もまれに扱うことがある。
ともあることから、白甲が最上品になったのはどうやら江戸時代と言えそうだ。
べっ甲ができるまで
べっ甲のネックレス  ここで、べっ甲の昔ながらの製法を見ておこう。
基本は型抜きと熱による接着、みがきである。
甲羅を万力で平らにのばし、型に合わせて切り抜いたあと、厚みを出すため、あるいは複雑な造形を表現するために素材を重ね、熱したこて・鉄板で甲を張り合わせる。
べっ甲は天然の膠(にかわ)分を含むため、水と熱でくっつく性質がある。 その後、鮫皮・角粉(つのこ)・鹿皮・椋(むく)の葉等で丹念にみがくと独特の光沢が出るのだ。
 白甲には透明に近いものから橙色まで色の濃淡があるが、結合時の熱の入り方で色をかえられる。熱くすればするほど黄色がかり、反対に温度が低いと淡色に仕上がる。
職人の経験と門外不出の技法がものをいうのだろうか。この調節に失敗するとこげてしまうという。
まるで「べっ甲あめ」だが、もともと透明の甲を濃い橙色にするような劇的な操作は期待できないとのこと。
べっ甲の真贋
 宝石の宿命というべきか、「張りべっ甲」〈べっ甲と水牛の角や馬のひづめなどを卵白で張り合わせる技法〉が誕生するや、偽造品が氾濫することになる。
『嬉遊笑覽巻一下 容儀』に曰く、「べつかう高價にて寛保頃細工人に上手出来て水牛の色よきべつかうの黒斑を入て上べつかうのまがいに賣と云れど、朝鮮べつ甲にてまがい作る事はその先よりあり」。
前出の『守貞謾稿』の女扮の巻きでは、偽べっ甲について詳しく解説している。
朝鮮鼈甲は贋物にも非(あら)ず。一種の下品玳瑁なり。贋造(がんぞう)には牛角を以てし、弐は馬爪を以て贋る事也。
…文政末・天保初頃より馬爪の櫛・笄・簪(かんざし)とも表を薄き鼈甲を以て包み製す。故に甲賣も真偽を弁じかたき迄に模造せり。
※意訳
朝鮮べっ甲は偽ものというよりは、一種の低質な玳瑁である。牛角か、馬爪を用いて偽造する。
文政末・天保のはじめ頃から馬爪の芯の表面に薄いべっ甲を張った髪飾りができた。これによって、甲売りも真偽の判断がしにくい精巧な模造になった。
 ちなみに、本べっ甲と偽ものの見分け方を江戸べっ甲の職人に聞いたところ、磯貝鼈甲磯貝剛氏は「色と感触」を挙げ、赤塚べっ甲赤塚顕氏は「匂い」を挙げた。
私見では、白甲は落ち着いた色合いで彩度がそれほど高くなく、内からにじみ出るような照りがあり、光にあてると深く輝く。茶褐色から黒褐色の黒甲には、重厚で品のいいつやがある。
また、色に関わらず本べっ甲は密度が高く締まったような固い質感が特徴だ。かすかにひんやりとしたさわりごこちは強いていうと石に近い。この髪飾りがかつて「頭痛とり」の異名をとったのもうなずける。
亀裂や継ぎ目のないなめらかな肌あいも確認したい。
 但し、「細工人に上手出来て」ではないが、本ものと区別がつきづらい精巧な偽造品もあふれているので、鑑定は専門家に任せるのが確実だろう。
*注8 本草綱目
明の李時珍撰の漢方薬学全集。ありとあらゆる薬種の主治・処方等を解説する。
日本でも幕末までは権威があり、翻訳本が版を重ねた。
薬用としての玳瑁は宋にはじまる。

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